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曖昧な喪失とタッチケア

更新日:2022年6月15日

小さく生まれた赤ちゃんや先天的な難病とともに成長する子どもたち、自閉傾向や多動傾向、さまざまな発達の課題のある子どもたちへ、訪問やオンラインで、また定期的に小児病棟やNICUでの家族からのタッチケア活動を行っています。


基本的にはお母さん、お父さん、養育者から大切なかけがえのないお子様へ、画面越しにお子様のアセスメントを行い、一人ひとりの状態に合わせたまなざしのタッチケア、声で触れるケア、触れるタッチケアを作り上げていきます。


また病棟での活動はコロナ禍が長期間になり、厳しい面会制限のために、養育者になかなか会えない子どもたちに、何かできることはないかと看護師さんからのご依頼をいただきます。


お母さん、お父さん、養育者からお子様へ触れ合う時間をたくさん持ってほしい、

安心や安全な感覚を親子で感じてほしい、

発達につながる触覚刺激や聴覚刺激、視覚刺激をどのお子様にも十分に感じてほしい、

お母さんお父さんの罪悪感や孤独やこころの痛みを和らげてほしい、

命の時間が限られているかもしれない子どもたちに、愛された感覚、大切に扱われ、ここに生きている実感を感じてほしい・・・。


タッチケアに限らず、ケアを行うときは、身体的、生理的、心理的、環境的、発達などの多層的なアセスメントが欠かせません。


特に、厳しい病気と生きる子どもたち、先天的な病気と生きる子どもたちの身体的な辛さはいうまでもなく、病とともに生きる子どもを見守り、決断し、寄り添う養育者の悲しみや疲れを増幅する<曖昧な喪失>は、言葉で言い表すことも難しいことがしばしばです。


<曖昧な喪失のケア>はアメリカの社会心理学者BOSSが提唱した概念。


「さよならのない別れ」


身体的には不在であり、その身体に物理的に触れることができないけれど、心理的には存在していると感じていることで経験する喪失。

行方不明者や離婚、転勤、面会のできない入院などでも感じる喪失です。


「別れのないさよなら」


身体的には存在しているけれど、心理的には不在であると感じていることで経験する喪失。

認知症、脳挫傷、精神疾患、アディクションなど、身近な大切な方がそこにいるのだけれど、精神活動が乏しく、感情を通い合わせることに困難がある時、あるいはコロナ禍やさまざまな事情で会いたい人に会うことができないという状況もあるかもしれません。


明確な喪失とは異なるこの「さよなら」は、悲嘆のプロセスに入ることを妨げ、自分自身の感情と身体を閉じ込める可能性があります。


曖昧な喪失の中にいる方へ、「触れるケア」がともすると痛みをもたらすこともある。


人のこころに、身体に必ず備わるレジリエンスを信じて関わりを丁寧に、相手のペースで進めていくこと。

触れ、触れられるケアを伝え、その場にいる意味を考えます。


今日お会いした小さな赤ちゃんは、お母さんの手の中で、ほーっと息をつき、柔らかな笑顔で眠りにつかれました。

ありがとう✨






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