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瞑想・呼吸・スピリチュアリティ

日曜日はJACTの心身医療研究会に

たくさんの方がご参加くださり

本当にありがとうございました。

1月の支部大会でもとても好評だった


井上ウイマラ先生の

「瞑想・呼吸・スピリチュアリティ」

のワーク&講演でした。

高野山大学のスピリチュアルケア学科准教授の

井上先生は

京都大学哲学科で宗教学を学び、

曹洞宗で出家し、道元禅を学びました。

ビルマに渡り、テーラーワーダ仏教にて出家、

ヴィパッサナー瞑想やパーリ経典、

アビダルマ経典に詳しく、世界を巡礼したのち

カナダ、アメリカ、イギリスで瞑想指導を

されてきました。


前回、支部大会でのご報告にも記しましたが、

ただ、そこにいるだけで

深いやすらぎと静けさと愛を表現しておられる

井上先生の存在そのものに深い感銘を受けました。


修行を積み、自分の心を常に見つめ、

人々を優しく導くお役目を誠実に果たしている

井上先生の声を聞き、語りに耳を澄ませ、

姿を拝見していると

会場全体が、調和に満たされ、

わたしの心がとても喜んでいるのが分かりました。




ヴィパッサナーとは

洞察、のこと。

明らかに観ること、の意味です。

ヴィパッサナー瞑想では、

いつどんなときでも

呼吸に立ち返ることで

いま、おきていることを洞察する態度と方法

だといえるかと思います。


ことさらに

「スピリチュアリティ」という言葉を用いずとも

呼吸それ自体が

「スピリット」つまり

「スピリチュアリティの本質」なのです。


気づき、へ至るステップを

仏教の布施・持戒・修行の意味を考察することで

いま、現実に生きるわたしたちの

生活態度にまで理解の範囲を広げ、

優しく教えてくださいました。


知ってるようではじめて知った言葉も

ありました。

印象的だったのは


与えることは、

受け取ってくださる方の働きに支えられていること。



与えるとは


与えられること。



イエスが語った教えそのままの

人と人が愛の中で暮らし、関わるときの

基本的な態度が

実は「布施」なのですね。


ボランティアや施術の場面でも

与えているように見えて、

たくさんのものをいただいています。

「与える」気持ちを気持ちよく

「受け取って」くださる心への

感謝が学びとなります。


修行よりも先に、

学びの最初のステップが布施となるのは

まず与えること、

与えることを幸せや喜びと感じる心が

大切なのですね。



そして、見守る息遣い。


気づきには

身体的な側面からのアプローチが不可欠

だということがブッダの苦行の経験を

もとに、仏教では確立されています。

つまり、頭だけの理解では気づきには

たどり着くことは難しいのです。


これは、ボディワークにずっと携わってきたわたし自身の

小さな経験、体験からも

心をコントロールすることは非常に難しいのですが

からだや呼吸を変えることで

心と魂が大きく変容する瞬間に

たくさん立ち合ってきました。


こちらの思惑通りにすすめるのではなく、

じっと相手の息を優しく見守る息遣い。


アロマセラピーのセッションの中では

相手の息遣いにあわせているのですが

もっと理解を深めて、


見守る息遣い


をわたし自身のテーマにしていきます

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